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大阪高等裁判所 昭和55年(行ス)8号 決定

抗告人 大阪入国管理事務所主任審査官

代理人 細川俊彦 西村省三 ほか四名

相手方 宋時洪 ほか五名

主文

1  原決定を取消す。

2  本件各執行停止の申立を棄却する。

3  手続費用は第一、二審とも相手方らの負担とする。

理由

一  抗告人は主文同旨の裁判を求め、その理由として、別紙抗告理由書記載のとおり主張した。これに対する相手方らの意見は、別紙意見書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

本件記録及び大阪地方裁判所昭和五五年(行ウ)第一五号ないし第二〇号退去強制令書発付処分等取消請求事件の記録によれば、次の事実を認めることができる。

相手方らは朝鮮籍(本籍済州道済州市三陽一洞一七三〇番地)を有する外国人であるが、相手方宋時洪は有効な旅券又は乗員手帳を所持せずかつ法定の除外事由がないにもかかわらず、韓国堯島海岸から木造貨物船で昭和四二年一月頃大阪港付近に到着上陸して本邦に入り、同高富子は有効な旅券又は乗員手帳を所持せずかつ法定の除外事由がないにもかかわらず、韓国釜山港から小型木造漁船で昭和四二年一二月末頃神戸港付近の海岸に到着上陸し本邦に入り、同宋春姫は昭和四六年一月一〇日、同宋命憙は昭和四八年一月一九日、同宋祐里昭和五〇年三月二二日、同宋奈美江は昭和五二年四月二二日、それぞれ相手方宋時洪、同高富子間の子として大阪市生野区で出生したが、いずれも法務大臣に対し在留資格の取得の申請をしないで出生後六〇日を経過して本邦に在留しており、相手方宋時洪及び同高富子は出入国管理令二四条一号に該当し、その余の相手方ら四名は同条七号に該当する。相手方らは、大阪入国管理事務所入国審査官がその旨の認定をしたのに対し口頭審査の請求をし、同事務所特別審理官は昭和五四年一月右認定に誤りがない旨の判定をし、相手方らが右判定に対し法務大臣に異議の申出をしたところ、法務大臣は昭和五四年一一月三〇日付で右異議申出は理由がない旨の裁決をし、昭和五四年一二月一二日相手方らに対しその旨の通知がされた。大阪入国管理事務所主任審査官内藤富夫は同五四年一二月一二日相手方らに対し外国人退去強制令書を発した。相手方らは昭和五五年二月九日大阪地方裁判所に対し法務大臣及び大阪入国管理事務所主任審査官を被告として、右法務大臣の異議申出を棄却する裁決及び大阪入国管理事務所主任審査官の退去強制令書発布処分の取消を求める訴を提起し、その理由として、相手方宋時洪及び同高富子は旅券なしで昭和四二年本邦に入国したが、相手方ら一家の生活基盤は日本に定着しており、退去強制を受けると相手方一家の生活は根本から破壊され、四人の子供は日本人と同様に育てられてきたから韓国で生活することは不可能であり、ことに知恵おくれの相手方宋命憙の強制送還は良好な教育環境を激変させ心身に壊滅的な打撃を与えるもので、法務大臣は出入国管理令五〇条一項三号の特別在留許可を付与するかどうかの裁量に当つて人道上の配慮を欠き、裁量権を逸脱、濫用した違法がある旨主張している。相手方宋時洪及び同高富子は昭和四二年に密航して本邦に入国するまでは朝鮮で生活していたもので、相手方らは帰国しても生活することができる。相手方宋命憙は言語発達遅滞であるが、送還先での発達を期待することができ、送還により心身に壊滅的な打撃を受けるものとは認められない。

ところで、出入国管理令五〇条一項三号による特別在留許可を与えるかどうかの判断は法務大臣の裁量権の行使としてされるものであるところ、右事実によれば、本件において法務大臣が相手方らに特別在留許可を与えず相手方らの異議申出を理由がないと裁決したことが、判断の基礎となる重要な事実の誤認に基くもので右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとは認められず、右法務大臣の裁決が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法とすることはできない。したがつて、本件は行政事件訴訟法二五条三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものというべく、執行停止をすることができないから、本件各執行停止の申立は失当である。

よつて、右と異なる原決定は不当であつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取消し、本件執行停止の申立を棄却し、手続費用は第一、二審とも相手方らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 川添萬夫 菊地博 庵前重和)

別紙 <略>

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